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2013年11月29日 (金)

「冗談のレベル」だった、原発事故への対応

フクシマ・フィフティー

覚えている?

フクシマ50。

原発事故の直後、大半の作業員たちが避難してわずかに残った50人が、放射能の大量飛散を防ぐため命懸けで戦った。

本当のところは、3月15日ごろ、福島第一原発に残っていたのはちょっと多くて70人だったらしい。

放射能が大量に漏れれば、彼らは致死量を被ばくする可能性があり、それを覚悟して作業していたって言われているね。

そんな彼らを、日本の壊滅を防ぐ英雄として、海外の新聞社がたたえた言葉が、福島の50人。

フクシマ・フィフティーだ。

日本人の多くは、そんな英雄たちを誇らしく思ったはずだ。ボクも、そう。彼らのおかげで、日本の半分が放射能汚染する最悪の事態から救われた。ってね。

でも、本当の疑問はここからだ。

ボクが読んだ本にはこう書かれていた。アメリカの国務省の職員の言葉だ。

「冗談のように少ないレベル」

これ聞いて、キミ、どう思う?

フクシマ・フィフティーは英雄だ! そう思っていたボクは、その職員に「お前、バカだな」って言われたような気分だよ。

その職員は、こうも言っている。

「このレベルの原発事故だと米国は何千人規模で対処する」

50人で対処して、やったぁ! 偉い! 彼らは英雄だ!

そう喜びあうボクら日本人。そしてボク。

それに反して、数1000人の規模を投入するアメリカ。

キミは、どっちが正しいと思う? 安心できるのはどっちだ? 50人で浮かれている場合じゃない。

もう、根本から違うんだよ。ボクら日本人の考え方は、根本から間違っている。

フクシマ・フィフティーに浮かれているボクらは、50人で喜んでたら、国が滅んでいたかもしれない。

何千人っていう規模で原発に作業員を投入して、終息に向かわせるべきだった。

じゃなぜ50人しかいなかったんだ?

日本には54基の原発がある。北海道や新潟、北陸、四国や九州にも(不必要なくらい)原発がある。そこの作業員をどんどん投入して、福島で対処させればよかったのではないか?

自衛隊だって、あっという間に救援隊が組織されて、何万人も投入された。

ところが、福島原発じゃたったの50人。原発救援隊はどこにいた? いなかったのか?

50人で浮かれていた日本人。そしてボク。

何千人もつぎ込むアメリカ。

まるで子供と大人くらい、安全に対する意識が違うようにボクには思う。

このチガイはどこにあるのか? それをしっかり見据えないと、原発を持つ、なんてことはボクら日本人にはできない。

フクシマ50という言葉の向こうに隠れていた「冗談のように少ない規模」という真実。

事故からもう少しで3年になるけれど、そんな事実を突きつけられると、今でもボクは愕然とするよ。


※アメリカ国務省の職員の言葉を紹介したのは、船橋洋一著『カウントダウン・メルトダウン』。下巻。

ちょっと長い本だけれど、あの原発事故では何が起こり、どう対処し、なぜ対処されないまま放置されたのか。そういう疑念がたくさん紹介されている。

あの原発事故は何だったのか。それを紹介した本の中ではナンバーワンの内容だと思う。


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