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2014年3月17日 (月)

原発事故 故郷から『永久追放』された人々

まるで永久追放されたように、故郷を失うっていうことはどういうことなのか。

それが原発事故だ。

追放という言葉は、意味が違うね。追放されるのは、本人になちか落ち度があるからだ。

でも、高い放射線量から逃れて、強制的に故郷を追われる。その姿はまるで追放だ。楽園を追放されたアダムとイブのよう。

昨年末、NHKがそんな特集番組をやっていたよ。『最後の避難所~原発の町・避難住民の選択~』

福島第一原発のある双葉町。事故の直後、村役場と全町民がさいたまスーパーアリーナに避難し、その後、埼玉県北部にある廃校になった高校校舎へ移転する。以来3年。

そこが「最後の避難所」として、最近閉鎖された。町の決定により避難所からも退去を余儀なくされる老人たちの姿には心が痛む。

そんな一人、林日出子さん、82歳。明るく活発なその人は、ある日、双葉町の自宅に戻る。

そこは福島第一原発からわずか1キロの場所だ。放射線量は国の基準値の10倍を超える場所。

「もう戻れないよ、あそこには。それが判った。汚染水のタンクがいっぱい見える」

防護服で着膨れ、足まで防護の布靴をはいた日出子さん。庭のある、比較的大きな一軒家。人の背丈ほどもある雑草が茂り、玄関は破られ、中に入ると動物に荒らされ家財道具が床一面に散乱している。

目を覆いたくなる惨状だ。

家の様子に、ボクはショックを受けたよ。

原発がしでかしたこと。日出子さんの人生を、散乱した家財道具のような残骸に変えてしまったっていうことだ。

故郷の家が、廃墟になっている姿を目にするのは、どんなにつらいことだろう。

その日、埼玉の小さなアパートで暮らすために、仏壇のご本尊を持ち帰った日出子さん。

たったひとり。82歳の再出発。「原発がなかったら、こんな生活しなくて済んだ」と涙を流す。

原発事故で故郷から追放され、避難所からも追い立てられる。それが今この日本でおこっていることだ。

でも、おなじ埼玉に住むとは言え、ボクはそうした被災地の真の姿が見えてこない。テレビや新聞でもたいして取りあげられない。

『原発ホワイトアウト』という告発小説を書いた作家、現職キャリア官僚の若杉冽(偽名)が、被災地に行ったときに言っている。

「原発政策についていは考えて来たけど、周囲の人の生活は見えていなかった。申し訳ないです。ここがボクのふる里だったら許せないし許さないと思う」

そしてこう続ける。

「賠償しても、住宅を建てても、取り返しがつかない(3月17日の朝日新聞より)」

そう。取り返しのつかないことを、福島にしてしまった。

廃墟になった林日出子さんの家が、それを教えてくれたよ。




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